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良質の米粉へ更なる技術開発
提案力強化で「儲かる商売」
支援

【掲載紙】 米麦日報
【発行日】 2010年1月28日(木)

 

【記事の内容】

【その後の米用途改革】新春・米粉特集VI ㈱西村機械製作所
良質の粉へさらなる技術開発、提案力強化で「儲かる商売」支援

【㈱西村機械製作所】米粉に携わって76年という歴史が物語るように、いわゆる新規用途の米粉も、同社と共に歩んできた節がある。
米粉パン誕生への研究開発から携わり、安定した品質を生み出すには、湿式の気流粉砕方式に辿り着いた。現在、同社スーパーパウダーミルには引き合いも多く、片山製粉㈱(大阪)㈱アクティブ哲西(岡山)JA土佐れいほく(高知)㈱中島製粉(福岡)㈱リンケージファーム高島(滋賀)など、導入先も全国に広がっている。本紙では、(写真左から)西村卓朗社長、西村元樹部長、大西忍次長、3氏に、これまでの経緯、今後の販売方針について聞いた。

  • -----まずはこれまでの取組を教えてください。

西村元樹部長
弊社は76年間、原料レベルの粉砕機を扱い、多くは穀物をずっとやってきた。川上よりも川下へ、最近は純粋な穀物を扱っている。小麦、トウモロコシ、米、ごま、香辛料。その他、全般を扱っている。米は、どちらかというとウエイトが低い方で、(関西圏で)回りに米粉を扱うメーカーがいなかった。大阪で、グリコ栄養食品㈱片山製粉㈱青い麦(パン工房、福盛幸一代表)と共同で、技術研究をしてきて、そこでうちは、製粉の委託を受けた。試行錯誤を重ねる中で、最終的には湿式ではないか、という結論になった。また、湿式の中でも、スタンプミルか、ロール式か、水引きがいいのか、など研究するなかで、「スーパーパウダーミル」が最終的に出来上がった。これはあくまで研究レベルの話で、現在ではこういう用途で使われても面白いなど、改良が進んでいる。平成13年に、片山製粉㈱に第1号を導入している。

西村卓朗社長 
今でこそ米粉がある程度普及し、多くの会社が扱うようになっているが、当時はボランティア同然だった。いずれ、こういう事業があればよい、という思いで、関西はフットワークがよく、みんな手弁当で、毎週土日にパン作りをしていた。大阪食糧事務所の萩田敏食糧部長(現、穀検参与)を中心に、その後、他の食糧事務所も参加し、最後は、兵庫が参加した。スタートは大阪で、先にあげた3社とうちと、食糧事務所と協力体制ができていた。萩田さんは、公務員とは思えないフットワークのよさで、5つの組織をばっちりまとめていた。大阪のグリコ栄養食品工業㈱には、食品の研究があり土日は研究所も休みで、米粉の開発のために機械を自由に使わせてもらった。うちが作った粉をそこへ持っていって、片山製粉㈱は自社にも持って帰って研究を進めていった。みんな、人が良いくらい打ち込んだ。その結晶が、近畿米粉(近畿米粉食品普及推進協議会、ライスフラワーネットワーク)だ。

  • -----全国のお手本に近畿米粉がなったと聞いています。


西村社長
  
毎年、全国から我々の成果を見に来られて、近畿米粉がお手本になった。そこで、全国8ブロックに協議会ができた。(ここまでの普及をみると)それまでの苦労に、やっと花が咲いたとも思える。研究開発当初は、(回りの穀粉や食品メーカーでも)みんな様子見していた。(使用出来る米粉が)出来上がってから入ろうと思っていた。片山さん(片山製粉㈱の片山清司代表)が偉いのは、純粋な気持ちでやっていた。当時、関わっていた人は、みんな先生。グリコの担当部長も、萩田さんも。片山さんは、それからマスコミに多く出て、うちは下支え的な存在だった。2008年ごろに、ようやく結晶したのかと思う。最初は学校給食から始まった。今でこそ、全国で何千と米粉パンを導入している学校があり、みんな応用して米粉を扱っているが、そこにいくまで、近畿米粉では土日はパン作りに明け暮れた。当時、萩田さんは単身赴任で、うちらはみんな彼の情熱に乗った。うまく乗せられたのかな(笑)片山さんは周りから結構、色々言われた。ただ、それだけの仕事もしている。西日本へは全部営業にいっていた。50~60kgの小さい単位まで扱っていた。ここまで来るのに、努力をされている。それらも含め、色々なところで結晶したのかとも思っている。ただ、勝負はこれから。米粉も、その製粉も、多くの業者が扱うようになっている。販売競争に勝つために戦略を練っていかなければいけないと思う。

  • -----開発当時、大西さんは自宅でパン焼き機も買って、研究されたとか。


大西忍次長 
米粉ができた当時も、米粉パンを扱うレシピはなかった。担当したのは、福盛幸一さん。今はみんな、米粉を使ってパン等を作ることができているが、昔はなかなかパンもできなかった。そこにたどり着くまでに、たくさん手直しをしたと聞いている。グリコと福盛さんのおかげで、米粉パンができたと思う。

西村社長
(米粉パンは)うちは大阪方式。新潟でも10年前から」研究していたそうだが、当時はものにならなかったと聞いている。その頃は、食糧庁の石原葵長官と近畿米粉を直接結び付ける、近畿農政局とマッチングした時代があった。福盛さんがうちにも「やれよ」と声をかけてきた。「上新粉は扱っていて、(歴史も)古いのだろう」と言って。その頃は、(新潟の特許技術のように)酵素を使わずにパンを焼ける粉を確立せよ、との命題があった。今、乾式にしろ、米粉パンが確立されたのは、福盛さんのおかげがある。米粉パンを作るレシピがあるため、そこそこ、安定した品質のパンができる。ただ、色々なメーカーが入ってくると、米粉パンのおいしさも分散してしまった。おいしい米粉パンといえば、九州は(㈱西村機械製作所の製粉機を導入した)㈱中島製粉のものが割と出ているが、東北は乾式が強い。そこで(品質も)違ってくる。うちも何とか、東北に導入したいと思っている。九州は、今、勢いがある。西は研究熱心だが、東北の現実をみると、なかなか品質の安定しない面もあると聞いている。

大西次長
片山製粉㈱が委託製粉している福岡のJA北九東部は、夢つくしを使った米粉パンを販売している。パン工房「米っこ」(昨年7月9日付、既報)といって、地元の病院におろしていたところ、評判が高くて、百貨店の高島屋が聞きつけた。東京の展示会で販売し、好評だったらしい。米粉も食べ物なので、おいしくないといけない。そこの米粉パンでも、作ったものを冷凍している。それでも、展示会で自然解凍して、もっちり感がある。

  • -----粉や米粉パンの質の問題は様々なところで指摘されますが。


大西次長 
作り手の問題があるし、簡便で安いからといって製粉機を気軽に買っても、使い方を知らないと、うまくはできない。ただ、うちの商品は(小型機と比べると)値段の桁が違う。取組規模によって、何か対策を考えなければいけないだろう。食品メーカー等とのコラボや、イベントも考えていかないといけない。

西村社長 
末端の普及はまだこれからだろう。うちの商売もまだまだこれから。今(引き合いの)声が掛っているところはもちろん、もう少し緻密な計画を立てて、全国販売していきたい。声がかかって言われた通りではなく、こちらでスケジュールを組んで、提案していきたい。
おいしいパンを作るための粉作り。これまで穀物を中心にやってきた。米粉にはフォローの風が吹いている。ウエイトをかけて販売していきたい。他の業界は風が吹いていない。
大不況の中で、米粉の業界には、補助金が付き、他にはない業界だ。今まで営業でやってきたことを、もう少し整理し、多少無駄もある。今までは引き合いや検討の声が聞こえればドンドン行っていたが、本当に効果があるのかを分析していって、効果的な攻め方をしていかないといけない。これまでの実績を活かし、これからも技術は研究する。おいしいパンや麺ができるように、まだまだ勉強していかないといけない。システムや技術を高めていきたい。

西村部長
意欲的な提案をしたい。地域にまず導入して、きちんとした商品ができているかどうかも検証していきたい。新規で米粉を扱うところには、きちんとした製法で、安定した品質のものを販売してもらいたい。米粉を扱ったことが無い人にも、きっちりと製粉の指導をすることが重要で、品質が安定していない米粉が出回るのが一番怖い。我々は、しっかりと儲けてもらえる応援団、支援団。プレゼン等も通して情報を伝え、自ずと機械を買ってもらえるように、より一層の研究開発もしていきたい。

 

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